英語を使って、世界中の人とコミュニケーションを〜リンガ・フランカという考え方について〜

先日、保護者様から、以下のようなおはなしがありました。
「子どもが動画配信サービスやオンラインコンテンツを通していろいろな英語に触れていて、発音は大丈夫なのでしょうか?」
「いろんな人の英語を聞いて、変な発音が身についてしまわないか心配です」
確かに、今は動画配信サービスやオンラインコンテンツを通して、世界中のさまざまな人の英語に触れられる時代です。
昔のように「英語=ネイティブの先生の発音だけを聞く」という環境とは、大きく変わってきています。
そこで今回は、そうした背景を踏まえて、
言語学の分野で近年よく使われている
「リンガ・フランカ(lingua franca)」という考え方を、一つの視点としてご紹介したいと思います。
リンガ・フランカとは、英語を「ネイティブのための言語」としてではなく、
「母語の違う人同士がコミュニケーションのために使う“共通語”」として捉える考え方です。
実際、現在世界で英語を使っている人の多くは、ネイティブスピーカーではなく、
日本人や韓国人、中国人、ドイツ人など、英語を外国語として学んだ人同士で英語を使っています。
こうした現実から、「完璧な発音かどうか」よりも、「相手に伝わるか」「やり取りが成立するか」を重視する考え方も広がっています。これがリンガ・フランカの基本的な視点です。
ただし、教室として、この考え方をそのまま「文法は気にしなくていい」「間違っていても問題ない」
という形で推奨しているわけではありません。
学校英語や英検なども含め、正しい文法・整った英語を大切にして指導しています。
文法は、英語を正確に理解し、誤解なく伝えるための大切な土台だと考えています。
一方で、もう一つとても大切にしているのが、
「間違いを恐れて話さなくなること」だけは避けたい、という点です。
子どもたちは、最初から完璧な英語を話せる必要はありません。
BBカードなどの活動を通して、多少不安があっても、とにかく声に出して英語を使ってみる、発話してみる、
その積み重ねが「使える英語力」につながっていきます。
リンガ・フランカの考え方は、
「間違えない英語」よりも「使いながら育てる英語」という視点を与えてくれます。
教室としては、この考え方を、良い・悪いと判断するものではなく、
今の時代の英語の在り方を知るための一つの参考情報として、共有します。
英語は、人と人がつながるための道具でもあります。
教室では、文法という土台を大切にしながら、同時に、子どもたちが「間違いを恐れず、英語を使おうとする姿勢」も育てていきたいと考えています。
リンガ・フランカについて
ここからは、先ほどご紹介した
「リンガ・フランカ(lingua franca)」という考え方について、もう少し詳しくご説明します。
1. リンガ・フランカとは何か?
リンガ・フランカ(lingua franca)とは、
母語が異なる人同士が、意思疎通のために使う共通語(共通言語)
のことです。
もともとリンガ・フランカは、英語だけの概念ではありません。
歴史的には、
- 地中海貿易で使われた混成語
- シルクロードの交易語
- アフリカのスワヒリ語
- 東南アジアのマレー語
なども、すべてリンガ・フランカにあたります。
つまりリンガ・フランカとは、「ネイティブの言語」ではなく、人と人をつなぐための“橋渡しの言語”という意味です。
2. なぜ今「英語=リンガ・フランカ」なのか?
現代では、英語が世界最大のリンガ・フランカになっています。
世界の英語使用者の内訳を見ると、
- ネイティブ話者:約4億人
- 非ネイティブ話者:約15億人以上
と言われています。
つまり、英語はすでに
「ノンネイティブの方が多く使っている言語」なのです。
実際の英語の使用場面の多くは、
- 日本人 × 韓国人
- ドイツ人 × ブラジル人
- 中国人 × フランス人
など、ネイティブがいない状態での英語です。
このような英語を、研究分野では
ELF(English as a Lingua Franca)
「リンガ・フランカとしての英語」
と呼びます。
3. ELF英語の特徴(試験英語との違い)
ELFの研究から分かっている英語の特徴は、学校英語や試験英語とはかなり異なります。
① 文法が多少ズレても問題になりにくい
たとえば、
She go to school yesterday.
He don’t know about it.
これらは文法的には間違いですが、
意味は十分に伝わります。
ELFの視点では、
意味が通じることが最優先になります。
② 発音は「ネイティブらしさ」より「通じるか」
ELFでは、
- r と l が完璧でなくても
- th が s や d になっても
- 少しカタカナ寄りでも
相手に伝われば問題になりません。
重要なのは、正確さより「可理解性(intelligibility)」です。
③ 表現はシンプルで直球
ネイティブ特有の、
- 皮肉
- 比喩
- スラング
- 遠回しな言い方
は、むしろ国際場面では通じにくいこともあります。
ELFでは、
- simple words
- short sentences
- repeat & paraphrase(言い換え・繰り返し)
が、とても重要とされています。
4. ELF研究でよく使われる3つのキーワード
ELFの研究では、次の3つがよく使われます。
① Intelligibility(可理解性)
相手に理解されるかどうか。
② Negotiation of meaning(意味交渉)
通じなかったら、
言い換える・繰り返す・ジェスチャーを使う。
③ Accommodation(適応)
相手の英語レベルに合わせて調整する力。
5. 動画配信サービスやオンラインコンテンツの英語と発音について
ここで、最初の保護者様のご質問
「動画配信サービスやオンラインコンテンツでいろんな英語を聞いて、発音は大丈夫?」
という点にも触れておきます。
結論から言うと、
いろんな人の英語を聞くことで、発音が悪くなることは基本的にありません。
むしろ、耳は育ちやすくなります。
子どもの脳は、聞いた音をそのままコピーするのではなく、
多くの音の中から共通パターンを抽出します。
これを「統計学習(statistical learning)」と呼びます。
つまり、いろんな英語を聞くことで、「変な癖」を覚えるのではなく、
英語の音の特徴そのものを学習していきます。
実は研究的には、
一人の方の英語だけを聞き続けるよりも、
さまざまな人の英語に触れる方が、
英語の音や表現の幅が広がりやすいと言われています。
現代の音声教育では、複数話者の英語を聞くこと(多話者入力)の方が推奨されています。
まとめ
リンガ・フランカとしての英語の本質は、
「正しい英語」ではなく
「一緒に意味を作る英語」
という考え方です。
今の時代の英語の在り方を知るための
一つの大切な視点として、保護者の皆さまと共有しています。
文法という土台を大切にしながら、
同時に、子どもたちが「間違いを恐れず、英語を使ってみよう」と思えること。
この両方を大切にすることが、これからの英語学習には必要だと考えています。
参考文献・関連資料(リンガ・フランカ)
※以下は、リンガ・フランカ(English as a Lingua Franca)に関する代表的な研究・資料です。
書籍(基本文献)
Seidlhofer, B. (2013).
Understanding English as a Lingua Franca. Oxford University Press.
Jenkins, J. (2007).
English as a Lingua Franca: Attitude and Identity. Oxford University Press.
Jenkins, J., Baker, W., & Dewey, M. (Eds.). (2020).
The Routledge Handbook of English as a Lingua Franca. Routledge.
Mauranen, A. (2012).
Exploring ELF: Academic English Shaped by Non-native Speakers. Cambridge University Press.
学術論文
Seidlhofer, B. (2005).
English as a lingua franca. ELT Journal, 59(4), 339–341.
※上記は、英語を共通語として捉える言語学研究の代表的文献の一部です。
